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健康情報広場

2010-11-01
ドクター紹介 若き日の山中桓夫先生
前東京女子医科大学教授 長廻 紘

1980年、山中桓夫博士(小山市中央町2丁目1-19 小山中央医院 院長 )は自治医科大学消化器内科で新しいリニア式超音波内視鏡の開発に若き日の情熱を傾けていた。山中は、日頃より内科的に安全確実に施行できる膵生検を模索していたので、リニア式超音波内視鏡の将来性に早くから気付いていたのである。

山中は、その年の9月4日、川崎の東芝メディカル研究所に乗り込んだ。 超音波内視鏡の臨床的意義など詳細に、且つ情熱をもって説明し、何とか開発の協力を取り付けることが出来た。試作第一号機が自治医科大学に持ち込まれたのは、翌年1981年3月23日の夕刻であった。

1981年3月23日は、山中博士にとっても日本の超音波学会にとっても記念すべき日となった。長年外来で診察してきてなかなか結論の出せなかった膵石症の患者さんに最終的に診断をつける、すなわち胃壁を通して膵管内の結石を明瞭に描写することができた。 リニア式超音波内視鏡の試作第一号機が臨床に役立つことが証明された瞬間であった。その時のことは今でも夢にまで見るそうである。 東京医大を卒業し、自治医科大学消化器内科で内視鏡学に精進していた山中であるが、単に表面を見るだけでは診断力に限界があることにいち早く気づき、当時飛躍的に発展しつつあった超音波を内視鏡と組み合わせれば新しい世界に突入できるとの確信を持った。

山中はこの業績をもって、学会活動に、世界中での講演活動にと華々し く活躍した。その後超音波内視鏡は、日進月歩をとげ、今では消化管診 断学に必須の機器となっている。
全てが山中の先見の明と突進力に始まるものであった。

 
 
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