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健康百話

2012-09-07
長廻雑記帖(48)失敗に気づいたら
長廻 紘
 わたしは本を読むのが好きで、子供のころから今に至るまで続いている、わたしの唯一の習慣である。本は買って読むか、図書館で借りて読むか。図書館の本はつまらなければすぐ投げ出すが、買った場合はつまらないと分かった時が悩ましい。すぐ捨てるに至らない。未練たらしく読み続けて、駄目だと最終的に決めるまでけっこう時間を無駄に費やしてしまう。図書館と自分購入の差はふところが傷んだか否かの一点に尽きる。
 買ったもの一般を失敗と諦めるまでに費やす時間のことを埋没費用の誤りという。買った時点で金銭的損失に関しては済んでいるのに、時間的損失という屋上屋をかさねてしまう。同じようなことは世の中に山ほどある。映画館に入って「つまらない、しまった」と思っても見つづけることが多い。TVだとつまらないと即座にチャンネルをかえる。この差も金銭の問題に帰しうる。

 どこに問題があるのか。まず選択自体に誤りがあるが、ある意味これは仕方がない。実際に読んでみないと分からないことが多い。誤った選択は本の場合書評が少なからず影響している。日本(しか知らないが)の書評には大いに問題がある。1.大出版社、有名執筆者に片より、埋もれた名著の発掘といった努力が感じられない。仲間誉めが過ぎる。2.くだらないものを誉めることはよくあるが、決してけなさない。次のページが早く読みたくなるなどと平気でうそをつく。書くことがない時の常とう手段である。そんな書評に騙されて買った時の怒りは大きい。3.他紙に書評の載った本をまた扱う。大好きな医学書院の『驚きの介護民俗学』が書評されてうれしく思っていたら、なんと全国紙すべてが書評に取り上げた。まだまだあるが、それが目的ではないのでこのへんでやめる。
 本を買った段階が第一の失敗だがまだ軽傷。読み続けて貴重な時間を無駄にするのが重傷。駄目と分かって続けるところに人間の弱さが、ケチなところが出てしまう。近年の最大の失敗は太平洋戦争である。始める前から駄目だったという説が有力なことは知っているがそれを言うと先へ行けないので、開戦は立派な決断だったとして、どこで失敗と気づくべきであったかという議論がある。ミッドウェー海戦のあたりであろうか。20世紀の終わりごろバブル崩壊というのがあって、よく第二の敗戦と言われる。今から思い出してもイライラさせられる時代であった。とにかくなすべきことは誰にも分かっていたが、誰もなさなかった。どうして失敗と分かっても続けるてしまう。一つは面子の問題。書物は懐を傷めたことが、世間のことは面子が、失敗をそれと分かりながら続けさせてしまう。
 
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