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健康百話

2012-06-13
長廻雑記帖(46)何を残したか
長廻 紘
ヨーロッパの中世は不思議な時代で、キリスト教に疎い日本人には理解を超える事や物が多い。彼らを突き動かしたものと現代人を動かしているものが違うからである。聖者の遺骸がある地を目指して、野獣や強盗の出る山野を歩くサンチャゴなどの巡礼もその一つである。巡礼路を行き来したのは巡礼者だけではなく商人も多かったようで、それがまた商業や都市の発展をもたらした。巡礼中の巡礼は聖地奪回を目指した十字軍(12-13世紀)と言われている。お相手をさせられたイスラム教徒にとっては迷惑千番だったはずである。無意味無用と総括されている十字軍ではあるが人々を駆り立てたものはあった。それは高みや遠くを目指す当時のヨーロッパ精神で、15-6世紀の大航海にまでつながる。ゴシック建築にしても労力・費用・歳月を考えれば無用のものかもしれない。しかしそういう情熱こそがヨーロッパの若さで、新大陸発見から世界制覇に導いた。いまここの今には二つの意味がある。前二回に記したようにいつも常時ココダと努めることと、もうひとつはある時をイマこそここだと注力することで、それは人にばかりではなく、民族、国においてもある。それが分かる国は伸びる。

ユーラシア大陸の西端にすぎないヨーロッパの全世界にまたがる大発展の始まりは、空へ高くがゴシック建築、地平線の彼方遠くへが新大陸発見、ものごとを突き詰めるが科学の発達。ヨーロッパに栄光をもたらした出来事の精神的基盤をゴシックに見ることは可能である。まったく異質に見える事々物々が後から見れば同じ精神のもとにあったと分かることはよくある。そのような意味からは、エジプトのピラミッドや中国の万里長城などはどのように位置づけられるのであろうか。単に後世に観光資源を残しただけだったとしたら勿体ないことである。また、中国明代には鄭和によるアラビヤにまで至る、規模も費用もスペイン・ポルトガルの大航海より遥かに大規模なものがあった。皇帝の単なる思いつきで、全国民のうちから盛り上がったものではなかっただろうから西洋の大航海とまったく運命を異にした。永楽帝の死によって終わった。それが、ヨーロッパと中国の大航海の結果に大きな差が生じた因とみなしうる。前者は世界を一つにするきっかけとなったが、後者は現在につながるなにものをも残さなかった。
すべてのことは後に何を残したかによって判断される。ヨーロッパ中世がいかにわれわれ21世紀の人間に分かりづらかろうと、暗黒の世紀と呼ばれようと、結局今日の統一された世界と、近代文明社会をもたらした。いまここに徹せよという神の声が聞こえ、己見を超えてその声に従うことができたからであろうか。今ここで何をすべきか分からなくなった国は亡びる。
 
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