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健康百話

2012-03-14
長廻雑記帖(42)70才、人生の逆転――滅びの前の輝き
長廻 紘
 その年まで生きれば上等だと思っていた昔風の古希70才になってみて、60才前後のころとあまり変わらない自分を発見していささか驚いている。なにか気が抜けたようである。健康であるし頭も働いている。このままだと100才くらいまで行きそうな感じである。しかし、75才くらいまではヤング・オールドといって、精神的にも肉体的にも中高年者とさほど変わらないそうである(老年学者、ベルニース・ニーガートン)。だから70才で元気旺盛は普通のこと。75才過ぎころから真の老人、オールド・オールドになる。この75才を日本では後期高齢者という。言葉が悪いといってひところ物議をかもしたのは記憶に新しい。言葉尻を捕らえるなど最近の老人には困る。
 年を取ることはそれだけ死が近いわけだから、よくないことと考えるのは普通である。しかし、高齢は悪いことばかりではない。体力精神力が衰えて辛いに違いはないけれども、ある意味ではそれすら天が与えた賜物・適応現象である。「とし守る夜 老はとうとく 見られたり(蕪村)」。年守る:大晦日の夜、家じゅうの者が集まり、夜明かしして新年を迎える。とうとく:尊く。

 病気も若い人に対するほど凶暴ではなくなる。癌ですら手加減してくれるのか、あっても表面に出てこない。高齢者で老衰死、すなわちさほどの病気もなく亡くなった方の解剖で生前気づかれなかった癌が見つかることがある。糖尿病を抱えながらよくコントロールして70才くらいまで生き延びたら、その人は偉人。それから多少羽目を外しても生命予後にあまり影響を与えない。オセロ・ゲームのようにすべてのマイナスカードがプラスに変わる。わたしも糖尿病で70まで酒や食事を厳密に制限してきたが、誕生日に大いに飲みかつ食って、「生き延びた、さあこれから」と祝った。もはや血糖値を下げることに汲々とすることはない。血糖が高いとそれだけ脳に多くのエネルギーが行くからボケない、認知症から遠い。事実、有糖尿病者がアルツハイマー型認知症になる率は無糖尿病者より明らかに低いというデータがある。(和田秀樹:『わがまま老後のすすめ』。ちくま新書)。れいのものも補助タンクなしで動く。70歳を境に人生の逆転である。たとえ悪くなっても死ぬまで粗食無酒のつまらない人生を送るよりは良い。総論(宇宙における、地球におけるあるいは日本人として)、人生に目的はない。各論(個人の人生)、生きたいように生きる。生きたいように生きることができるために糖尿病コントロールに努めてきた。が、それもモウ終り。とてもうれしい。70才まで生きたら、あとは神様が祝福して保障してくださる。精神分析家コフートはいっている。「年をとると力は弱まる。必然的に力を倹約して自分のことに集中投資する。とうぜん自己愛的になるが、この自己愛は適応性が高い」。とにかく70才まで生きる。それから考えよう。
 
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