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健康百話

2011-11-25
長廻雑記帖(31)認知症を生きる
長廻 紘
 「歩行のリズムはいつも視線にゆとりを与えてくれる。それにひきかえ自動車のフロントガラスの内側によく見掛けるのは、何ものかに憑かれたように怯える視線だ(ドアノー写真集『パリ』)」。運転中に別人の如くに変貌する人がいる。普段の態度からは信じられないほど乱暴になったり攻撃的になったりする。順調に人生を歩んでいた人が徐々に、ときには急速に別人のごとくなってゆくことがある。脳に器質的障害が生じて変貌してゆく場合を認知症という。運転者は車から降りると元の人に戻るが、認知症は進む一方である。
 痴呆症が認知症という言葉(2004年に法律や公文書において正式の名称)に変った。何となくしっくりしない言葉と感じられるのは新造語につきものではあるが、認知症(認知に関する病)の場合は認知と症のあいだに省略が感じられるからである。不完全とか低下といった言葉が抜けている。認知不全症であればわかりやすい。
 認知症は高齢者の増加とともに増え、大きな社会問題となっている。認知症とは、獲得した知的機能が後天的な脳の器質性障害によって持続的に低下し、日常生活や社会生活が営めなくなっている状態が(意識障害のないときに)みられる、と定義されている。認知症は病名ではなく、発熱や疼痛と同じような症状名である。原因疾患として、アルツハイマー病(次項)に代表される変性疾患と脳出血や脳梗塞のような脳血管障害が7-8割を占める。
 認知症の中核的症状として、記憶、見当識、思考などの障害と言葉や数のような抽象的能力の障害がある。付随的な症状として幻覚妄想、不眠、抑うつ、不安焦燥などの精神的なものと徘徊などの行動障害などがある。これらの症状の特徴は、1.記憶は最近のできごとから失われてゆく。2.知的に習得されたものが体験的、身体的なものより失われやすい。3.感情的能力は知的能力より失われにくい、などでありリボーの法則という。
認知症の進行は3期に分けられる。初期(健忘期)は記憶障害が中心である。中期(混乱期)は時間空間の見当識障害が明白になる。自分のいる場所が分からなくなり徘徊したりする。末期(寝たきり期)には、歩行障害、失禁、嚥下障害などの身体的不調が中心となる。老年を生きることは辛いが、そのうえに痴呆症が加わったときの苦しみは想像を絶する。
 痴呆者にも人間の基本的な喜怒哀楽などの感情は残っている(小澤勲:痴呆を生きるということ)。認知症の人はいろいろ訳の分からないことをしたり言ったりするので、周りにいる人はそれに振り回される。だが、彼らは彼らなりに理由があって言っているので「そうではない」と頭から反論しないで、よく聞いてあげることが肝要である。
 
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