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健康百話

2010-12-21
長廻雑記帖(1)定年
長廻 紘
test  人は3回生まれ4回死ぬ、といいます。最初は母胎からの出生.2番めは成人。学業を終えて社会の荒波の中へ出てゆく。3番目が定年で、社会的役割を終え 自分中心の生活に消えてゆくのです。出生は否も応もないが、最近は第二の成人に抵抗があるいわゆるモラトリアム人間が増えています。最後の定年は自己判断 の面が強いのでやっかいです。社会からレッドカードを出されているのに気づかずあるいは気づかぬ振りをして、社会にしがみついている輩がいる。このように 成人、定年と生れ直すのがだんだん難しくなります。そして3回の誕生はそれぞれ死――天国である母胎、学校、社会からの追放――でもあります。同時に死で もある誕生を上手に生かさねば結局この世は詰まらない。

 定年、ここでは自分の意志で引退し新しい価値観に生き直すこと、の判断は難しい。遅れるともう気力が残っていなくてただくたばるのを待つだけ。老いは嘆 くに足らずだが「嘆くべきは、老いて虚しく生くることなり」と中国明代の呂新吾が言っているようになってしまう。人生最高の幸せは、自分に適った仕事に就 くことができ、それを死ぬまで続けることである。そうでなかったら、定年を期に浮世の身過ぎ世過ぎに追われ適わなかった夢に進むという次善の道がある。そ れには60台前半が望ましい。まだまだ気力体力共に若い。事情が許せば、などといっていては駄目で事情を押しのけて転進してゆく。わたしは、なるまえも なってからも嫌で仕方のなかった医者というものを、家内の死を機会にきっぱりやめ、独居老人として悠々自適の生活を送っている。朝5時に起き読書(碧巌 録、正法眼蔵などの仏籍が主)、作文。疲れると散歩(高尾山、井の頭池、深大寺など2時間ほど)。食いたいとき食し、眠くなると寝る。心身ともに気持ち悪 いぐらい健なり。好事多魔という、心配だ。

収入が無いのにクヨクヨスルことなく、日々を不安少なく満足して、といった環境に恵まれたのは、1)内視鏡という仕事をきっちり終えた。2)金を含めて 物事に執着が無い。有ったほうがよいが、無ければないで仕方が無い。3)やりたいことが沢山ある。4)健康である。糖尿病があるため身体を動かしストレス を遠ざけることによる一病息災。
 こういった理由である。
 
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