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健康百話

2017-11-20
健康百話(83)「医療プラシーボ」論
長廻 紘

 病気を治すとは原状回復である。病気が治るのは1.自分の力で治す。2.他の力、薬や手術、によって治す。そして大部分は1と2の合作による。1の自力とは例えば風邪をひいた場合(酒を飲んで)2~3日寝ていれば自然に治る。2の他力とは肺炎患者に抗生物質を投与してあるいは胃がん患者の胃を癌とともに摘出して治す。
 原状回復の基本は、自分の体は自分で治すである。それだから、手段の乏しかった昔でも人間は病気から回復することができた、自力更生。自力の乏しい者が弱って死んでいった。太古から今に至るまで病気を治す基本は体力を回復させることである。体力勝負に持ち込めない病気は不治。体力は広い意味での免疫力であるから、病気になるということは疫力の低下が元にある。いつのころからか、人々は医者や薬といった他の力を借りて助かるようになった。
薬は、効くと思って服用するから効くという面もある。プラシーボ(偽薬)には薬効を生じる主成分は含まれないが、外見上は薬剤と区別できない剤のことである。睡眠剤といってある丸薬を与えると確かに眠る人がいる。おそらく心理効果によって効くのであろう。医者はムンテラという業界用語を使うが、それは口(ドイツ語のムント)と治療(テラピー)の合成語で、言葉で治すという意味である。病気に打ちひしがれている患者に医者からの励みになるような言葉、元気の出るような言葉があるとそれがきっかけで病は快方に向かうことがある。言葉を発するのはどうしても医者でなければ信頼されず、権威あるとされる医者でなければ駄目で、家族友人の言葉は単なる気休めに過ぎない。
患者は病気が治ればもちろん、治らないまでも悪くならないときでも医者のお陰と思う。しかし病気は医者の介入があったから治ったという保証はどこにもない。勝手に治ったのかもしれない。死亡する場合を別にしても多くの糖尿病や高血圧などの生活習慣病のように治ることなく長らく医療のお世話にならざるを得ない。病気は治るとは限らない。治さなければならない病気とそうでない病気との境は難しい。放っておいてよいものでも医者は習性として治したがる。血圧が高い、血糖値が高い、コレステロール値が高いからといって下げなければならないものでは必ずしもない。本当に下げなければならないかどうかの判断は医者の経験と能力による。
それを例えば血圧が下がったとき単純に「お医者様ありがとう」というのを「医療はプラシーボ」と考えざるをえない。効くように見える薬を飲んで効いたときその薬をプラシーボというが、医者がなした行為だからよくなったと考えるのは一種のプラシーボだというのである。医者の行為はなんであってもよい行為という意味である。300以上の高い血圧は脳出血を誘発したりして健康に悪いから下げる必要はある。200以下の場合には考え方は分かれる。下げる必要性よりも降圧剤の副作用のほうが大きいという考え方は成り立つ。杓子定規的に考える必要はないが、高血圧とする基準の値はときどき変わる、しかも低いほうへ変わる傾向がある。医者が降圧剤を使いやすいように誘導していると邪推する向きもある。

 
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