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健康百話

2017-07-07
健康百話(72)病的な不安
長廻 紘

 不安は身体における痛みに相当し、迫りつつある危険を回避しようとの心の反応ととらえることができます。不安の大部分は一過性の軽いものであるが、生活に支障をきたすような不安もあり治療が必要になる。主要な病的不安には次のようなものが在る。1.分離不安:自分にとって重要な人物である親兄弟、配偶者などが自分の前からいなくなる(死亡など)のではないかということに対する過剰な恐怖や不安。2.対人恐怖症:他人と同席する場面で、強い不安と精神的緊張が生じ、そのため他人に軽蔑されるのではないか、不快な感じを与えるのではないかと案じ、対人関係から身を引きがちになる。たとえば、人前に出るとき不安・緊張のため赤面し(赤面恐怖症)、それを恥じるあまり人前に出ることを怖れためらう。そのほかに視線恐怖症、体臭恐怖症などがある。3.社交不安障害:人前で話すなどといった、他人の注目を浴びるような社会的状況に直面すると、実際の脅威に釣り合わない顕著な不安や脅威を感じる。これらは社交不安障害に分類され、雑踏などとは異なり比較的少人数の集団内で他の人たちから注視される恐れを中核として、社会状況を回避するようになる。4.選択的沈黙:普通には何の障害もなく話すことができるが、大勢の人やある特定の対象の前で話すことができない。上手くやらなければという思いがプレッシャーとなって口が重くなる。これらは生きてゆくうえでは多かれ少なかれ誰にでもあるものであるが、極端な場合には社会生活が営めないほどのこともある。5.不安神経症:たしかに火を消して出たはずなのに、しばらくすると不安になって家に戻って確認する。それの繰り返し。
仲間の存在は救いであるとともに、過剰の負担の対象にもなるものであって、場合によっては平常心で対応しづらくなることがあります。画家のゴッホがそうであったといわれるが他人と必要以上に親しくなることが怖いという人も少なからずいるようです。それが上記の病的不安のよって来るところです。
これらの不安は人生経験の乏しい若い人に多く見られる。何とか期待に応えよう、実力以上によく見られたいなどといった思いが重圧となってのしかかってきて不自然な振る舞いにつながる。しかし人生経験を積んでくると、自分とはこんな程度のものであるというある種の達観が得られ、いかなる時いかなる場合においてもありのままに振る舞えるようになっているのに気づいて、上に述べたような不安が自然に消失しているものであるが、人によっては中年以降にも残っていることがある。
以上とはまた別の不安があり、6.場所恐怖症すなわち高所恐怖症、広場恐怖症、閉所恐怖症など:高所とか広場のようなある特定の場所に直面すると、毎回直ちに、実際の脅威には釣り合わない著明な恐怖や不安を感じる。
7.パニック障害:特定の環境に限定されず、予知できない状況下で動悸、息切れ、胸痛、めまいや窒息感などといった症状が出現し数分以内に頂点に達する。また起こったらといった予期不安が起こったらどうしようと外出を避けるといった社会的不適応を起こすようになる。

 
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