HOME > フクシ情報広場

健康百話

2016-06-27
健康百話(47)認知症は生活習慣病
長廻 紘

「認知」とは心理学で知性といわれる心の働きのことで、知覚だけでなく推理、判断、記憶などの機能を含みます。人間の精神にはもともと知性が存在するのですが、それはそのまま活動するのではなくいわば可能性にとどまります。それが現実の知性となって活動するためにはいろいろな経験を経る必要があります。「磨けば光る金の玉、磨かざれば元の原鉱石」です。問題解決のために思考するのが認知cognition(ちなみにrecognitionは再び認知するという意味で、理解、認識)であり、それを可能にするのは貯蔵された以前の記憶(経験)です。認知症は知性という人間にとって高度な部分が失われた状態にあるといえます。「獲得した知的機能が後天的な脳の器質性障害によって持続的に低下し、日常生活や社会生活が営めなくなっている状態」が認知症の定義です。認知能力すなわち知性が障害されると、記憶、見当識、言語能力などの障害といった中核的症状や様々な付帯症状が出てきます。
「人間の身体は、必要十分な能力を得て維持するためには必要十分な負荷を必要とする」と言われています。必要十分な負荷とは、日々の暮らしに必要なことを自分の身体で為すことです。認知症は運命ではなく、生活をあるリズムを以て規則的に、怠惰に流れず送ってゆくことによって予防できる病気と思います。楽観的すぎるとお叱りを受けそうですが、認知症は一種の生活習慣病なのです。糖尿病、高血圧そして癌など、大部分の生活習慣病は予防できます。認知症も例外ではありません。朝から晩までTVの前に坐ってアホくさい番組を見て馬鹿笑いをしているうちに、手足も脳も腐ってくるのです。人間は上下から、下である足と上である脳から腐ります。生きる上でなお中核をなす消化吸収と呼吸は自律神経が司っているので、中間が生き続けるので上下が腐っても動物としてではなく植物的には人間は安泰です。
もちろん脳血管障害はもとより、アルツハイマー病も脳細胞にある物質が貯まることによって生じる立派な病気です。従って言葉の厳密な意味で生活習慣病ということはできません。しかし、なぜ脳血管障害が起こるか、なぜ物質が貯まるかを考えたときには、生活習慣病説もあながち捨てたものではありません。生活習慣病とは衣食住、仕事、他人との付き合いなどの日々の暮らしのツケが積み重なって成る病気のことです。ある目的(大げさな意味で、ではない)をもって日々を生きて行くことが認知症の予防につながります。自分のことは自分でする、もその内に入ります。これも大袈裟ではなくセックスも認知症予防において決して無視できることではありません。年をとっても異性に対する関心を失わずにいることはこと認知症に関してすら忘れてはならない重要なことと思います。
蛇足:認知症は治る、と言って色々な薬が開発されていますが脳神経細胞は再生しないという特性を考えれば、残念ながら今のところ有効なものはできていません。近い将来に関してもそうでしょう。製薬や医者は思惑があって薬が効いていると言っていますが、そうではないような気がします。天に唾するようなことであり、誰も大声では言いませんが。

 
バックナンバー
健康情報広場
健康百話
広報
▲このページの先頭へ