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健康百話

2014-09-29
健康百話(4)内と外、そして中間――長崎出島
長廻 紘

 人間は、身体的にも精神的にも内と外からなっています。内とはヒフと粘膜に囲まれたいわゆる肉体で、外とはそれを取り囲む環境。内だけが人間ではなく、外も含めてはじめて人間です。真空の中に置かれたら人間はたちまち死んでしまいます。
外から内へ入ってくるものは無数といってよいほどあり、それを知り排除しようとするのが免疫の仕事です。生きていく上での重要事は外敵から守られることで、生体防御の中心にあるのが免疫系です。身体は四六時中、外からの危険にさらされています。第一次防御がヒフ・粘膜によって敵を物理的に体中へ入れないようにすること。内(特に血管内)へ入られてしまった時が緊急事態で免疫系の出番。中へ入ってきた外敵から身を護る免疫系が働かないか負けるのが病気、免疫の働き過ぎが花粉症などのアレルギーです。
人間は内と外からなるが、実は中間、消化管などの管があります。消化管には外から来る飲食物や微生物と内から分泌される消化液が混然としてあり、それらはやがて体内に吸収されるか体外へ排泄される。消化管はそこにある消化吸収途上にある物をふくめて、内とも外ともいえない。消化管にかぎらず、管は粘膜によって被われていて、外敵はその粘膜を破って体内へ入りこんできます。そこですべての侵入者が排除されればメデタシメデタシの筈ですが必ずしもそうではありません。管は物の動きから言えば中間。では免疫学的に内か外か。強いて答えればこれまた中間。
消化管は外界のありとあらゆる汚れが集まる所ですが、管はそれら汚れを排除し切るのではなく、内部に受け入れて共存する寛容の仕組みを持っている。すなわち、管の内部には巧妙に外界が保存されています。外界は破壊し尽くしてはならない、共存すべきものです。現代の日本人は、抗菌グッズなどによって微生物から遠ざけられたため、それらに対する抵抗が却って弱まって困った事態が生じています。『寄生虫のいない病気』という本が評判になっています。微生物との闘争経験が乏しく、いざ敵が来ると脆い。免疫系が弱っているため、病原菌にさらされると脆さを露呈してしまいます。清潔が過ぎて(細菌や寄生虫が居なくなり)却って病気になりやすいというのがこの本の内容です。
敵は完全に滅ぼしてはならない。過ぎたるは及ばざるがごとし。滅んだ隙間に別の敵が生じます。消化管は、常に流れ込んでくる外界(環境)の異物を排除するのではなく、寛容の精神で対している、拒否するのではなく受け入れそれらと共存する仕組みを備えている。江戸時代の日本は、人も物も外から入れない、外へ出さない鎖国でした。しかし長崎の出島に抜け道が作られ、そこを通して多くの人や物が出入していた。それもあって明治維新はうまくいった。どんな組織にも汚れ役をこなす部署はある。純粋なもの綺麗すぎるものは悪(不純なもの、汚いもの)に対して脆い。

 
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