HOME > フクシ情報広場

健康百話

2013-07-18
長廻雑記帖(60)心理的時間短い20世紀
長廻 紘
 百年ごとに区切っても一世紀というが、その間におのずから濃淡はある。大きな戦争や革命の多かった世紀として20世紀を特徴づけるため、第一次世界大戦の始まった1914年からソ連邦の崩壊した1991年までを20世紀とする考え方がある。そうすると心理的20世紀は75年しかなかったことになる。19世紀をナポレオン没落から1914年までの平和な時代(もちろんヨーロッパの話)と考えれば、ほぼ100年である。時間の長さには地域差もある。ヨーロッパにはなるほど特記すべきことはない19世紀だろうが、日本は幕末動乱から明治維新、日清・日露戦争へかけて大きな変動期であった。だが、世界的には無視されて、平和な19世紀で統一されてしまっている。日本史は世界史に入れてもらっていない。

時間や世紀の長さを物理的に捉えるのと、心理的に捉える考え方とがある。時計の刻む時はいつでもどこでも同じであり物理的時間あるいは絶対時間という。だが、人間には心理的時間というものもある。おなじ絶対時間でも、若い時と年取ってから、嬉しい時と悲しい時などでおのずから長短差がある。あまりにも多くのことが踵を接したので心理的にも短い20世紀説になる。ベルグソンは心理的時間のことを「流れつつある時間」といった。人間の意識の中を流れるもので、心と同じでとらえどころがないが、確かにそういう時間もある。

21世紀はいつからいつまでも含めて一体どうなるのかまださっぱり見当がつかない。10年以上たってみて、2001年のニュー・ヨークの同時多発テロが時代を画すものであったことはますます明らかになってきた。すくなくも、欧米がどうであるかだけで世紀の長さが決まることはもはやなかろう。もちろん22世紀の人が考えることである。既存の欧米大国が没落し、中国やインドといったアジアの巨大国家が復活するのは予想できるが、いかなる形で実現するか、あるいは夢としぼむかは全く予想もつかない。とにかく予想は外れるもので、ひところ21世紀は日本の世紀という説があったのが懐かしく思い出される。あのころは毎日が楽しく長かった。
ベルグソンはまた、人間がよりよく生きるためには、心理的時間を大切にしなければいけないといった。将来のことを考える時、自分がいるかいないかはけっこう大きな問題である。今後の日本は大変そうだが幸か不幸か、その大変な時に私はもういない、I will be gone.IBG。 だが、21世紀の日本ならびに日本人がよい心理的時間を持つように、子孫のために祈るのにやぶさかではない。
 
バックナンバー
健康情報広場
健康百話
広報
▲このページの先頭へ