HOME > フクシ情報広場

健康百話

2013-04-25
長廻雑記帖(57)物見遊山
長廻 紘
  2013年1月より長岡市の北、栃尾というところに住んでいます。先が長くないと思われるようになって、名だたる豪雪地帯を知らずにこの世を去るのも淋しいと、選んだのです。近年は新潟県でも雪は減っていると聞いていたが、さすが栃尾1mを超える積雪があり喜んでいるが、朝晩の寒さは想定を超え悲鳴を上げているところです。栃尾は市制を布いていたが、織物産業の衰退などで人口減にみまわれ数年前に長岡市に吸収合併されてしまったそうである。雪を頂いた守門岳の見事な姿と半ば雪に覆われた中小の河川を愛で、3月までたっぷり雪を楽しむつもりです。
 その前は、茨城県土浦市に1年ほど住みました。マンションの眼下に見下ろせる霞ケ浦、そこへ注ぐ桜川に面し遥かかなたに筑波山を望む住宅。霞ケ浦が琵琶湖に次ぐ日本第二の湖とは知らなかった。朝晩、桜川の土手から霞ケ浦湖岸を一持間ほど散歩し、週1回ほど筑波山に登るという生活を楽しんだ。
 北関東三県といって、群馬、栃木、茨城は一からげにして語られることが多く、また日本で最も影の薄い地方という評判もある。必ずしも望んだわけではないけれども、縁あってこの3県に住んだのであるが、住めば都とはよく言ったもので三県ともに特徴があり独自の文化に恵まれている。ただ残念なことに年々東京への通勤者の住むところという面が強くなり、画一化が進んでいるように見える。大体が鉄道駅を中心とした街づくりがなされていて、駅前はスーパー、コンビニ、チェーン居酒屋がめだつ。従来の商店街は衰退の一図である。特徴的な飲み屋街も女性の高齢化のせいか減ってきて詰まらなくなっている。
 東京へ出てきて最初のうちは環境が変わるのが嬉しくて毎年のように引っ越しをしていた。世田谷区豪徳寺、梅ヶ丘、代田そこから跳んで駒込、池袋西口、代々木、文京区水道またまた西の下高井戸、西荻窪などに住んだ。引っ越し荷物は少ないので簡単なものであった。さすがに結婚してからは荷物が増え生来のものぐさで三鷹に30年近く蟠踞してしまった。引越しの血が騒ぐので三鷹の本拠はそのままに方々に別居をもった。そして北関東などに住んだわけである。からっ風の北関東から山を越えて越後の国に入ると、それこそ突然雪国となって、風景が激変する。これほどコントラストの強い所は山の多い日本と言いえどもあまりなかろう。山陰に育ち、東京で学び仕事をし、北関東で余生を送り、最後に豪雪地も経験するという一生は悪いものではない。北の北海道と南の沖縄はしょっちゅう旅行で訪れている。四国は遍路で一周した。近畿は第二の故郷のようなものである。
 世界中、少なくも国単位ではほとんど行った、気に入った所は何度も行った。物見遊山という点ではいつ死んでも思い残すことはない。メデタシメデタシ、さようなら。
 
バックナンバー
健康情報広場
健康百話
広報
▲このページの先頭へ